広大な海を舞台に生きる船乗りたちにとって、水葬は古くから伝わる伝統的で厳粛な儀式でした。それは、陸地から遠く離れた洋上で仲間が亡くなった際に、その亡骸を尊厳をもって弔うための、現実的かつ唯一の方法だったのです。帆船時代、長期にわたる航海では、病気や事故で命を落とす船員は少なくありませんでした。衛生設備が整っていない船内に、ご遺体を長期間安置しておくことは、伝染病の蔓延を引き起こす危険性をはらんでいます。そのため、亡くなった仲間を海に還すことが、残された乗組員の安全を守るためにも必要な選択でした。しかし、それは単なるご遺体の処理ではありません。そこには、海の男たちならではの、深い敬意と追悼の念が込められていました。水葬の儀式は、非常に荘厳に執り行われます。亡くなった船員の亡骸は、丁寧に清められ、帆布などに包まれます。そして、その国の国旗で覆われ、船の甲板に安置されます。船長が聖書の一節を読み上げたり、追悼の言葉を述べたりした後、乗組員全員が整列して敬礼する中、傾けられた板の上を滑り、亡骸は静かに水中へと沈んでいきます。時には、弔いの意を示す弔砲が放たれることもあります。現代においても、各国の海軍では、特定の条件下(例えば戦時下など)や、本人の強い希望があった場合に限り、この伝統的な水葬が執り行われることがあります。それは、生涯を海に捧げた者への最大限の敬意の表れであり、「海に生きる者は、最期は母なる海に抱かれて眠る」という、船乗りたちの誇り高い精神性を象徴する、特別な儀式なのです。