「最後は広大な海に還りたい」という想いから、水葬を望む方がいらっしゃるかもしれません。しかし、現代の日本において、火葬をしていないご遺体をそのまま海や川に葬る「水葬」は、法律上、原則として行うことはできません。この背景には、二つの重要な法律が関わっています。一つは、刑法第190条に定められた「死体遺棄罪」です。この法律は、正当な理由なく死体を遺棄することを禁じており、許可なくご遺体を海や川に流す行為は、この罪に問われる可能性が極めて高いのです。社会的な秩序や公衆の宗教的感情を守るための規定であり、個人の希望であっても、この法律を無視することはできません。もう一つの法律は、「墓地、埋葬等に関する法律(墓埋法)」です。この法律では、埋葬(土葬)や火葬についての手続きが定められていますが、「水葬」に関する規定は存在しません。つまり、水葬は法律で認められた正規の埋葬方法ではない、ということになります。これらの理由から、ご遺体をそのまま水中に葬ることは、日本では現実的に不可能です。ここでよく混同されるのが「海洋散骨」です。海洋散骨は、ご遺体を火葬した後の「ご遺骨」を、細かく粉末状にしてから海に撒く方法です。これは、ご遺体そのものを葬る水葬とは全く異なります。現在の日本では、散骨について直接規制する法律はなく、「節度をもって行われる限り、違法ではない」というのが一般的な見解です。したがって、「海に還りたい」という願いを叶えるための現実的な選択肢は、火葬を前提とした海洋散骨ということになります。ロマンチックなイメージのある水葬ですが、日本の法制度と社会通念の中では、認められていないのが現状なのです。